日本語には似ているように見えて、微妙な違いがある言葉が多くあります。その中でも「さびしい」と「さみしい」は日常的によく使われる言葉ですが、どちらを使えばよいのか迷うことはありませんか?
実はこの二つには歴史的な背景や使われ方の違いがあります。この記事では、「さびしい」と「さみしい」の意味や使い分けについて詳しく解説します。
「寂しい・淋しい」の意味
「さびしい」と「さみしい」は、辞書だと次のように記されています。
〔寂しい/淋しい(さびしい)〕
1 心が満たされず、物足りない気持ちである。さみしい。
2 仲間や相手になる人がいなくて心細い。
3 人の気配がなくて、ひっそりとしている。さみしい。
〔寂しい/淋しい(さみしい)〕
「さびしい」の音変化。
[補説]近世以降、「さびしい」「さみしい」両形用いられてきたが、現在は放送用語などで「さびしい」を標準形とする。
引用元:デジタル大辞泉
「さびしい・さみしい」には、大きく分けて次の二つの意味があります。
一つは、①「いるはずの人や物がなくて満たされない気持ち(情緒的)」、もう一つは②「人の気配がなくひっそりしている様子(客観的)」という意味です。
つまり、「情緒的」な意味と「客観的」な意味の二つがあるということになります。
多くの辞書では「さみしい」の方に、”「さびしい」の音変化。「さびしい」が変化したもの。”などのように記されています。
また、辞書によっては「さびしい」が標準形などと記されている場合もあります。ただ、いずれの場合も意味自体に大きな違いはないようです。
「さびしい」と「さみしい」の違い
「さびしい」と「さみしい」の違いはどこにあるのでしょうか?
まず歴史的には、「さびしい」の方が古い言葉です。元々、「さびしい」という言葉は「さぶし」という形で『万葉集』の中で使われていました。
この「さぶし」が平安時代に「さびし」となったようです。平安時代から鎌倉時代にかけての文献も「さびし」が使われている場合がほとんどです。
一方で、「さみし」は、江戸時代になってからようやく登場しました。日本語には音が交代する現象である音韻交代というものがあります。
例えば、「けむり」を「けぶり」と言うように、日本語のマ行、バ行の発音は両唇を閉じる点で等しいために、音が交代する例があります。
これと同様に、「さみしい」も「さびしい」の音韻が交代したものだと言われています。
つまり、元々「さびしい」という言葉が正式な形としてあり、それが話し言葉としてくだけた結果、「さみしい」が生まれたということです。
その証拠に、江戸時代には、滑稽本や人情本のような大衆読み物において、「さみしい」が多く使われるようになっています。
明治時代以降も、会話などで「さみしい」が多く使われるようになったようですが、文学作品では「さびしい」の用例も多く残っています。
「さびしい」と「さみしい」の使い分け
「さびしい・さみしい」には、①「情緒的な意味」と②「客観的な意味」の二つがあるということでした。この内、「客観的な意味」では「さびしい」の方が使いやすいと言えます。
例えば、「ひっそりしてさみしい町だ」と言うよりも、「ひっそりしてさびしい町だ」と言った方がしっくりきます。
「さみしい」は、「一人になってさみしい」「彼女と別れてさみしい」などのように、どちらかと言うと感情的な気持ちを表す時に使いやすいため、日常会話などの口語表現に適している言葉です。
一方で、「さびしい」は、感情的な気持ちを表す時だけでなく、客観的な状況を表す時にも使える言葉です。そのため、どちらを使うか迷った場合は「さびしい」を使えば問題ありません。
教科書ではどっちを使う?
国立国語研究所が、昭和30年度に、言葉に関する各方面の専門家を対象に行った調査があります。
そこで、「さびしい」と「さみしい」のどちらを標準語形にするか調査を行ったところ、「さびしい」を採用した回答者の方が多数でした。これは、一般的・本来の形という理由によるものです。
したがって、教科書では「さびしい」を採用していることが多いという結果が出ています。
文化庁の見解はどっち?
文化庁が平成16年度に行った調査があります。
この調査では、「ひとりぼっちでさびしい」と「ひとりぼっちでさみしい」のどちらを使うか調べたところ、「ひとりぼっちでさびしい」が40%、「ひとりぼっちでさみしい」が46%という結果が出ています。
「さみしい」の方が多いのは、例文自体が「情緒的・感情的な意味」で使われているからだと思われます。また、現代では話し言葉が主流であることも理由の一つと考えられます。
いずれにせよ、どちらが正しいなどの基準はないということが二つの調査で分かります。
まとめ
「寂しい・淋しい」の意味=①「いるはずの人や物がなくて満たされない気持ち(情緒的)」②「人の気配がなくひっそりしている様子(客観的)」
「さびしい・さみしい」の違い=意味自体に違いはない。「さびしい」の方が古く、「さみしい」は「さびしい」の音韻が交代したもの。
「さびしい・さみしい」の使い分け=「情緒的」な意味では「さみしい」が使いやすく、「客観的な意味」では「さびしい」が使いやすい。
「さびしい」と「さみしい」は同じ意味を持つ言葉ですが、どちらを使っても正しいです。歴史的には「さびしい」が古く、文学や客観的な表現に適しています。一方、「さみしい」は音韻変化で生まれた形で、感情的な場面や日常会話でよく使われます。標準形は「さびしい」ですが、用途に応じて使い分けをすることが重要です。